「問屋町の女」岐阜問屋町の歴史

 書庫から出してもらった本は上下巻ともボロボロと言っていい状態で、職員が恐縮した様子でおずおずと差し出したので、セロテープ貼ってもいいですか、と思わず言いたくなったのを飲み込んだ。
返却時に「破れてますよ」とか言われたらどうしようと考えながら、こわごわとページをめくって読み始める。返却するときは合併された市町村のどこの図書館でもかまわないのだが、厳しい職員にあたると1ページづつ丹念に精査するものなのか、僅かな水濡れやシミひとつでも見逃さない。ポスト返却の場合でも不備があればすぐに電話がかかってきて事情聴取される事態になる。もちろん借りたものを汚すべきではないし、汚したら弁済するのは当然だが、もともとあった汚れに対して疑いをむけ居丈高な物言いをする職員には閉口してしまう。元来気が弱くウソ発見器とか苦手なタイプなので、そんなときは思わず挙動不審になってしまうのだ。
そんな不安を感じつつも花登筺が読みたかったのでありがたく借りる。ドラマに小説に手がけた作品は多く「カミカゼ作家」の異名をとるほどだったのに、現存する作品はほとんどなく、小説もすべて絶版である。できればドラマで見た「細うで繁盛記(銭の花)」か「ぼてじゃこ物語」が読みたかったが蔵書がない。小説だけの作品ゆえ貸出が少なかったせいでイタみも少く、なんとか現存しているのだろう。ところどころに変色したシミ汚れでときどき現実に引き戻されつつも没頭して読み進める。
戦後、ハルビンからの引揚者によって作り上げられた岐阜の問屋街誕生の物語。戦後なにもないところから古着を売ることからから始まり、大きな問屋街となり、派閥による分裂・統合にいたるまで一人の女を中心に描かれてゆく。次々に起こるトラブルを知恵と度胸で乗り越えていく女の姿は花登筺の真骨頂。モデルとなった女性も実在するらしいが詳しいことはわからないのが残念。
当時、花登筺の描く大阪商人の商魂ものは大人気で、ドラマ「細うで繁盛期」は旅館の女将の話だが、俳優の魅力もあって大ヒットした。今でいえば池井戸潤原作ほどの人気でもあったろうか。時代が違うとはいえ全65話×2期を飽きることなく多くの国民が見ていたのだから、その人気は絶大だった。
当時、父はこのドラマを見ながら「商売はこうでなきゃいかんな」などと母に諭すように言うものだから、母はドラマはもちろん花登筺にまで拒否反応を示すようになっていた。そんな両親の様子を見ながら子供心に気を使いながらドラマを見ていたのものだった。

 「今の岐阜はいいよ。一度行ってみようよ」同業者にそう誘われたのは20年も前かな。私自身小さいながらも婦人服とか扱っているだけに興味はあったが、遠方だし面倒なので適当な返事をするばかりで、ついに一度も行かなかったのを後悔している。
小説では反目しあってた問屋街の両派閥が歩み寄り協力しあい、新しい製品を開発して東京にも神戸にも負けない新しい問屋街に成長させ、多くの客を呼び込もうと一致団結するところで終わる。私が婦人服商売を始めた頃は、海外からのバイヤーも来るほどに成長を遂げた岐阜問屋街もバブル後には徐々にしぼんでいったころで、その後、地域の利を生かしたオリジナルブランドを立ち上げたりしながら再び成長へ転じていった。その動きを高く評価する同業者も多く、今でも世界のファッション情報基地となるべくたゆまず成長への努力を続けている。小説のラストの構想が今でも生きているようでうれしい。
 
 「細うで繁盛記」も「ぼてじゃこ物語」も「どてらい男」さえもDVD化も再放送もありません。細うで~は10年ほど前に沢口靖子でリメイクされましたが人気はなく話題にすらならず痛恨の極み。まかり間違ってヒットしていれば、次々とリメイクが続き再びの花登筺ブームが来て、昔のドラマのDVDが発売され小説は新装版が出て池井戸潤の出番などなかったかもしれないのに。せめて小説だけでも新装版とか復刊とか出てくれないものかと思うのは無理なのか。漫画「銭っ子」くらい復刊できないのか秋田書店
もしかしたら10年後の生誕100週年にむけて出版社やテレビ局が巨大プロジェクトを練っているってことがあるかもしれない。ちょっとは期待して待ってみよう。

花登筺