奴隷(小説・女工哀史Ⅰ)×××が××すぎて…

 女工哀史の著者である細井和喜蔵の実体験を元に書かれた小説。「女工哀史」は資料的な部分が多かったので、あえて「小説・女工哀史」と副題がついている。細井はここで女工哀史で書ききれなかった思いを伝えようとしたのだろう。近代化の波が押し寄せる中、真面目に働いても資本家に虐げられ、潰れそうになりながら必死に生きていく江治と女工たちの悲痛な人生が描かれている。細井の死後に刊行されていて全集に収録されたのが1955年頃だから60年ぶりの新装版ってとこかな。
 近年プロレタリア文学が見直されているとかで「蟹工船」も人気だと聞く。たしかにエンタメ要素を含んでいるだけに今の時代に受け入れられやすいのかもしれない。「奴隷」はどのエピソードも悲しく救いのない話ばかり。同じく紡績工場の女工のドキュメンタリー的小説「あゝ野麦峠」の映画が有名過ぎてこちらはスルーされたのかな。
 90年以上前に書かれた小説だが現代でも通じる話で、近年日本でも研修に名を借りた低賃金の労働に耐えきれず逃げ出すものも多い海外留学生の過酷な労働が取り沙汰されている。
正月に機場の火事で焼け死んだ少女たちのエピソードはバングラディッシュ地震で亡くなった縫製工場の少女たちを思い出す。2013年のダッカ近郊のビル、5つの縫製工場が入る「ラナ・プラザ」の崩落事故。違法建築で増築したビルの危険性が指摘されていて、当日も外壁に発見された亀裂の危険性が指摘され警察がビルへの立ち入りを禁止したにもかかわらず、怯える従業員を無理に入れて操業を続けた結果その後の地震で一気に崩れ落ちて多くの人が亡くなる事態となった。2012年にも縫製工場の火事でやはり多くの方が命を落としている。中国の人件費が高騰する中、アパレル生産の多くはバングラディッシュへ拠点を移している。いまや世界第二位の衣料品生産国だがその内情は「奴隷」並みなのかもしれない。大手アパレルの製品によくある「バングラディッシュ製」を見ると心が痛む。

 文体もしっかりしていて素晴らしい小説ではあるが、ひとつ不満なのが伏せ字の(バツ)×××の多さである。堕胎するための薬草や薬品名を隠すのはわからんでもない。性的な描写を伏せたのも当時の社会情勢としては普通だったのかもしれないが、今の時代に復刊されたものもそのまま伏せ字なのは困る。作者はとうに亡くなっていて、原稿の残っていないのでどうしようもないらしい。
ちょっと我慢できないのが2箇所ある。江治の幼馴染のお繁が奉公先「駒忠」の主人に手篭めにされるシーン、同じく駒忠の主人に捨てられたお孝が次の勤め先で昇進をエサに上司に口説かれるシーン。共に×××の表記の連続で、セクハラ・パワハラを受けるふたりの心理描写ややりとりが見えず、さっぱりわけがわからない。このことがきっかけで二人とも悲劇へと流されていくのに無慈悲な検閲のせいで台無しである。当時の検閲官の××××を×××いて×××××に×××んでやりたいくらいだ。

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 ラストは自殺未遂した江治が立ち直り、新たな人間社会をつくるために闘う決意をしたところで終わる。まだ続きがあるのかと頁をめくると70ページ近い注釈が始まる。898項に及ぶ注釈はある意味辞書と言ってもいいくらいだ。当時の世相を偲ばせる良い資料だろう。
続編の「工場」は12月の半ば刊行予定。図書館の入荷を待ってはいられないので書店に予約注文済み、到着が楽しみだ。