台風と傘

 先月数年ぶりに傘を買った
電車やバスで移動すると必ずと言っていいほど傘を忘れる。雨がやんでも傘を身体の一部のごとく強く握りしめていても、東京駅で新幹線がホームに入ってきたとたん、また高速バス発着所でバスが来た瞬間ホッとして、すべてを忘れて傘を置き忘れて乗り込んでしまう。新白河で降りたときにふと気づいたりしてももう遅い。なくすから買わない。雨が降ったら手近のコンビニでビニール傘。安物だからまたなくす。ケチになったのか意地なのか買わずにいると、雨の中濡れそぼってメーカーに寄ったときに恵んでもらったり、友人の家から帰るときに「返さなくていいから」と受け取ったのを言葉通りに返さなかったりしたのが2本、運良くしばらくのあいだ無くさずに使っていた。もちろんそれなりの品でいつしか一本はボロボロになり、残った一本も後を追うように壊れてしまった。
母の傘を借りて急場はしのいだものの連日のくどいくらいの台風接近のニュース。近所のホームセンターで見たものは「耐風傘」、風でひっくり返っても壊れないという流行りものだ。逆になった様を「オチョコ」というのをPOPで初めて知った。
子供の頃は、えいや!と傘を一気に引くようにして風圧でわざとひっくり返してから普通にさして、「おちょこ」にどのくらい水が貯まるか競い合ったものだ。勝負がつくと振り回して溜まった水を一気にだれかにひっかける、廻しながらだと威力も倍増だ。今よりは丈夫だったのかそうそう壊れなかった。それでもやりすぎればいつしか壊れる。風で煽られて壊れちゃったと家に帰って言い訳をするのには、さすがに良心がとがめたものだ。
 昔住んでいた家をちょっと南にゆくと、いつも囲炉裏を挟んで互いに向き合っている老夫婦の家がある。土間に入って傘を渡すと、婆さんはかるく開いてから明日来るようにとだけ言う。爺さんは鍋の穴を塞いだ箇所に仕上げのヤスリをかけながらうなずいている。当時子供はたいていチヤホヤされた時代だったから愛想のない老夫婦はちょっと不思議でもあった。翌日だまって婆さんに500円渡すと傘を受け取って帰る。
ほどなくオチョコ遊びは学校側に知れることになる。そりゃあまりに一部の男の子だけ壊しすぎた。今まで壊した回数分しっかり怒られたのはいうまでもない。
修理代はその後800円に値上がりしたが、それ以来大事に扱うようになったせいで囲炉裏の家に通うこともなくなった。直すくらいなら新しいのに買い換えるといった風潮が出始めた頃かもしれない。時代が少しづつ上向きはじめたころだった。

 色柄サイズでさんざ悩んで結局980円のチェック柄70cm幅に決めた。通販で買おうとすると悪いレビューが気になって悩み抜くので急ぎなら近くの店舗のほうが決めやすい。台風の中歩くこともそうなかろうし、もはやおちょこ遊びをすることもあるまい。修理代よりわずかに高いだけの傘は思いのほか長持ちするに違いない。
♪雨々降れ降れ~の歌を聞こえないようにハミングしながら傘を抱えて店を出た。