気がつけばチェーン店ばかりで……食べたほうが楽だなやっぱり

 そんな本のタイトルどおりにどこへ出かけても「めんどうだから」とチェーン店へ入ったりする。日本全国どこへ行っても同じ店ばかりなのだから簡単である。先日も面倒だから国道沿いのファミレスの共同駐車場に入れたら、母が隣に建ってるセンスの悪いラーメン屋みたいな黒塗りの外観の食堂へ入りたいと言い出した。店外にでかでかと掲げてある「玉子焼き」の看板が気になったようだ。
中を伺うと、どうやら自由に惣菜を選ぶセルフサービスの店と気付いて躊躇する。実のところ外食はただでさえ面倒くさいのに学食形式で自分で選んで運ばなければいけないのは苦痛でしか無い。ファミレスのドリンクサラダバーさえ、よほど食べたくない限り我慢してしまうくらいだ。
まあでも入ってみたら普通の食堂かもしれないと思って入ってみるものの、やっぱり学食であって半田屋であった。仙台に住んでいた若い頃でさえ自分で惣菜をとって運ぶとか嫌いでめったに利用することはなかった半田屋のような店に心ならずも入ってしまった。勝手がわからず戸惑う母に「好きなものを取ればいいから」と促すが迷ってしまって決まらない。ピークは過ぎているとはいえチラホラと客が入って後ろに並ぶ。人のことを気にしてる場合ではない、緊張して判断能力も運動機能も半減してしまうから後ろに並ばれるのは苦手だ。早く決めなければ、とんかつは昨日食べたしハンバーグは調理済みのが冷蔵庫に入っている、カレーを選ぶと他のおかずが食べられない、真剣に悩む。母の方はと見ると、悩んでいる母をみかねた店員さんが、気を使って色々すすめてくれて焼きたてのさんまに無事に決まる。私は悩んだあげくミックスフライとイカ天と揚げ出し豆腐をとった。取りすぎたなと思ったのは席について食べ始めてからだ。御飯の量が意外と多い。普通(中)でこれなのか、周りを見渡すと年配の人や若い女性も少なくないが普通に食べている、みんな(小)なのかな。
私でさえ多いの感じたのだから母は大変である。そこへもってきてサンマもでかい。苦悶の表情でゆがむ顔を見ると、やっぱりこの店はやめときゃよかったかなと思った。「気がつけばチェーン店でばかり~」を読んだときに慣れた店にしか入ろうとしなくなった自分がバカにされてるような気もして機会があったら知らない店にもどんどん入ってみようと思っていたのが仇となった。心配したとおり揚げ物ばかり幾皿もとったのはしょうがないとして、冷めているのが残念だった。母は焼き立てサンマの味に満足したようで上機嫌だが、食べきれずに残したシューマイ一個だけが気がかりの様子。
 さて、食べ終えると最大の関門、食器を下げるイベントが待っている。
茶店でアルバイトをしていた頃、何度となくトレーからオーダーを落としては怒られたものだ。下げた食器なら被害は少ないが、熱々のコーヒーとかで床一面を茶色に染めてしまっては青くなったり赤くなったりしたものだ。特にピザのカチコチの裏側と皿の表面はほとんど摩擦抵抗がゼロに近いので、僅かな揺れでも皿から飛び出しては、素人のカーリングのように床を突き進んでいってお客さんのいるテーブルや椅子などにぶつかると恥ずかしいやら申しわけないやら、店中の耳目を一身に集めながら顔から火を吹きつつ何度も謝ってはいそいそと片付ける。たいていは表を上にして落ちるのだが、たまに裏返しに落ちると床からチーズをはがすのが大変である。チョコパフェはクリームとバニラとチョコシロップが渾然となったものがへばりついて拭き取りが厄介である。また、バイト仲間に白い目で見られる中カウンターに戻って、半分キレてる調理担当に代わりのピザやドリンクをもう一度頼んで、お客さんにも遅れることを了解してもらわなければいけない。調理担当や店長に「またおまえか」とひどく怒鳴られるのはそれからである。一日が終わって店を出る時はすっかりうなだれて元気も出ない。そんなことが度々あったので自分で料理を運ぶときは、数十年経っているのにもかかわらずその時の恐怖が蘇る。
恐怖に打ち勝つために、まず臍下丹田に力を入れ足を肩幅に広げ両手でしっかりとトレーをつかむ。すでに食器は緻密な計算のもとに全体にバランスよく並べられ、滑りやすそうなものの下にはダスターを挟んである。突然立ち上がったりする人もいるので、客席に注意深く目を配りつつ、歩いている人の動態予測も計算しながらゆっくりと進む。棚へ置くときも慌てずゆっくりとだ、奥を睨むようにして安全を確認しつつ押し込む。手を離しても安心してはいけない、振り返るときに後ろに並んだ人にぶつかることもあるのだ。後ろの気配に神経を集中して確認しながらゆっくりと振り返って安全を確認してあるき出す。テーブルに戻り、膝の痛む母の膳も片付ける。二回目となるといくぶん楽だが気を抜いてはいけない、さらに初回より慎重に運ぶ。
この日はどうやらうまくいった。ほぼ満席の店内でトレーをひっくり返して皆の注目を集め、居合わせた客に動画サイトにアップされ、ネタのないテレビ局が採用して世界中の笑いものになったあげく、それを見た同級生のLINEは盛り上がり、街を歩くと後ろ指を刺されヒソヒソされ、私自身には一円たりとも入ってこないという悲劇を避けることができた。
さわやかな気分で外へ出る。12月にしては暖かい日差しが心地よい。人間は日々成長してることを実感する。
 夜は残っていた食パンを何枚か食べてすませた。翌日の体重は500gの増加ですんだ。