猫の菊ちゃんを読んでみる
母の入院中の差し入れに買ったのが「猫の菊ちゃん」
ふだんマンガなんぞ読まない母だが、これだけは夢中になって何度も読んだらしい。
退院してからも時々読んでいる姿がみえる。
猫のエッセイ漫画はネット上にあふれているけれど、これは年配の漫画家が本当に愛情あふれる描写である。
ウチのモーちゃんは例によって、今年も毛玉が両脇に広がってバリカンで処理したらちょっと情けないような姿に。
いっそのこと全部刈って夏のアルパカみたいにしたらどうだろう。
頭と足元だけふんわりさせるアレである。
普段は抱っこされるのも嫌がる猫なのだか、毛玉処理は本人もしょうがないとおもうのか嫌々ながらも毛刈りを承諾するのだが、全体をバランスよく調整しようとするのは断固拒否されるのだ。
背中のほうだけふわふわさせながらヨタヨタあるく姿はなんか貧相であわれであるのだ。
それでもりりしい顔をするとライオンのたてがみみたいに見えなくもない。
宅建士証ようやく取得できました
03年の12月1日に合格してから宅建士証を手にするまで140日の怒涛の記録である。
ようやく手に入りました。宅建を受けようなどと思い立ってからなら4年近く経ったわけです。
合格証を手にしてからが長いとは聞いていたのだが、5か月近くかかるとは予想外。
最短でも3か月はかかってしまうのではないか。
それに不動産業に従事していなければ別途講習が必要だし、よけいに金もかかる。
登録実務者講習。不動産業の実務をテキストやワークブックを用いながらの講習を受けて最終日の試験に合格して終了証をもらって、初めて宅建士登録が申請できるのだ。
不動産関連に勤めるわけでなければ宅建合格証だけでもいいはずなのだが、やはり宅建士証が欲しい。
①登録実務者講習
03年12月中旬にネットで申し込んだのだが、講習日は最短で04年2月の1週と2週目だった。近場で探すとここしかやっていないのだからしょうがない。
合格発表前に申し込むと18,000円で受けられる業者もあったけど不合格だったらキャンセル料が発生するのでおとなしく22,000円を払い込む。
講義内容は自分の耳が悪いせいもあるが講師の声はほとんど聞き取れなかった。せめて試験に出る肝心な部分のみだけでも板書してもらえればよいのだが、面倒なのかそれもなかった。
今までの受検者500人のうち落ちたのは3人だけだとか、おれが4人目になりそうな気がして不安になる。テキストに入っていた問題集さえやっておけば大丈夫だとの職員の話を信じてやってみると宅建合格者なら余裕の問題で、実務的な問題も常識で解ける範囲だ。宅建試験のようなひっかけが無いだけ余裕で解ける。
ワークブック(不動産売買のケース問題)をやっておく。これもテキスト持ち込み可なので回答を理解していれば()内を埋めていくだけなので心配はないはず。
翌週の2回めの講習の最後の試験時間。前半4択のマークシート式20問。慎重に解いていくが特に問題もなく多分全問正解と思える。間違っても8割以上は解けている。
後半記述式20問。といってもほぼ穴埋め形式なので持ち込みのワークブックを見れば悩むことはない。さすがに数値的な部分は多少変えてはいるけど計算方法さえ理解していれば余裕である。ただマンションの契約書問題の後半部分を解いてくるのを忘れてて少々慌てるがワークブックを確認しながら解いて10分ほど残して退場。
多分満点だと思える。間違っても9割以上は取れているはず。
宅建試験では問題集を持って帰って自己採点できたが、今回は問題用紙も一緒に回収されたので自己採点できない。何故?もしかして合格点に満たなくてもなんとかしてくれるって噂は本当なのかと考えたりしてしまう。
試験から2週間後、落ちたらギネス級だけあって宅建試験よりも緊張した日々。安くて当日に修了書がもらえるTAKKYOにすればよかった。他より激安の15,000円だし交通費かけても価値はあったかな。
それとも大手の美人講師のスクーリング受けたほうがよかったかな。地方は損だよな。
なにはともあれ講義とか数十年ぶりなのでピカピカのテキストや退屈な講義はけっこうワクワクしていた。
②登記されていない証明書やらなんやら
2月末に到着した実務者講習終了書をもって登録申請に行く前に町役場で住民票と身元証明書をとる。(本籍地に住んでいない人は誰かに頼むか郵送で依頼)
その足で法務局へ行って「登記されていないことの証明書」(犯罪者でも禁治産者でもありませんよの証明)を取ろうとしたが、これは支局じゃとれずに県庁所在地か宇都宮の法務局へ行けと言われる。今から福島市へ100㎞走るのも面倒なので一晩考えて東京法務局へ郵送することにした。電話すると返送用封筒に84円の切手を貼っておくればいいだけだ。もちろん300円の手数料の証紙も貼って。
③登録申請~宅建士登録を阻む恐怖の37000円の収入証紙~
10日ほどで東京法務局より返送されてきた登記云々証明書をもって、すぐ建設事務所へ行って登録申請申込をする。
あくまで宅建士として登録してもらうだけなのだ。そのために37,000円は正直痛い。もったいない、しかしすでに22,000円使っている。管理会社の社長は不動産屋に勤めるときに有利だから、人生長いからとかいうので払うことにした。でもこんなオヤジを採用しねぇだろうな。
これでほとんど終わったなと安心してぐっすり眠ろうとするとその夜、大地震発生。
アパートが心配で朝まで眠れなかった。
④宅建士証交付申請
待つこと4週間。宅建士登録済のハガキが到着。
ハガキと書類と写真をもっていざ建設事務所へ…って、待て待て、今回提出する写真は宅建士証に張り付けて5年間使用する奴なのだ。重説の機会があるかどうかわからんが他人に見せびらかしたい思いもあるし、スマホにプリンターじゃねくって今回は小ぎれいな写真を撮ろう。
スーツは礼服しかもっていない。昔のはあるけどサイズアウト。
Yシャツは手持ちのでなんとかなる、写らない下半身は冬物で間に合わせる。
メルカリで買った中古のジャケットとネクタイ、〆て4,800円を着て車を降りて颯爽とあるく俺を買物途中のおばさんたちが見る見る見る!!
ネクタイにジャケット着るだけでこんなにも違うものなのか。それなりの年齢になってからは異性の視線を感じることも少なくなったけど、スーツで決めればまだまだイケるんじぇね俺?ようやく大人の渋い魅力みたいのがでてきたのか。
すっかり自信を取り戻した顔で証明写真のブースに入る。イオンは800円だったのにYBは900円だ。学生の頃は300円だったのに酷い値上がりだ。
オプションの美白仕様100円をプラスして1000円。ドキドキしてあがったのを見ると全体が白っぽくて顔もジャケットも白く飛んでる。大失敗。オッサンの美白に意味なし。無駄無駄。
車に戻るときもすれちがったオバサンが皆俺の顔をなめるように見る。今日はモテモテだな。ほくそ笑みつつ車に乗り込んでルームミラーを見るとマスクをしていなかったのに気づく。
そうか、皆、マスクをしていないオッサンを非難の目で見ていたのか。道理で睨みつけるような視線だからおかしいと思ったよ。中年の魅力じゃぁなかったのね。まあ、時にはこんなこともあるさ。
翌日建設事務所で収入証紙4,500円と美白写真をもって宅建士証交付を申し込んで8日目。建設事務所から待ちに待った電話が来た。
すぐに車に乗り込んで受取に。こんどはお金は取られない。ハンコだけだ。
受け取って出口に向かうとすれ違ったおばさんが恐怖の表情で俺を見る。あれ?マスクはしているはずなのに。
どうやら目がふやふやしていたようだ。たかが宅建士証、どうってこともないさ、なんて思う心とは裏腹に口元がゆるんでしょうがない。口元はマスクで見えないとしても、知らず知らずに松田聖子の「卒業」を歌いながらニヤニヤ笑って歩くオッサンを危険人物と判断されたようだ。自然に出たからしょうがねーよな。
やっぱ相当うれしかったんだね俺。
①登録実務者講習
初回講座~終了証到着
24日間 22,000円
※申し込み日からだと75日間。
②住民票・身元証明書 本籍地役所 当日 数百円
③登記されていない証明書 (東京法務局郵送)
10日間 300円+83円
④登録申請~ハガキ到着
24日間 37,000円
⑤宅建士証申請~到着
9日間 4,700円
実務者講習は二日連続講義、終了証当日発行の業者を選べばもっと早くなる
住民票や登記されていない証明書は出生地の役所や法務局へ直接出向けば当日発行
登録申請は各自治体によって違うものか40日とか平気で言われたりするらしい。
終了証や登録済み証が到着するのが週末だったり、すぐに動けなかったりで余計に日数もかかってしまった。実務者講習もすぐに申し込んでおけば1月の講習が受けられたのに。
★合格後の費用
合計 63,700円
117日 (66日)
他に住民票やら登記されてない云々証書の手数料数百円と郵送費や交通費別途
アマゾンでカンパニョーロゾンダが余裕で買える金額である。
海外通販も円高で値上げされてゾンダももはや高嶺の花である。
猪苗代湖のカモと白鳥
16日の震災で崩れかけてる壁を見てるのも不愉快なので出かけることにした。
彼岸のお客さんもひととおり来たようなのでぷらりと猪苗代湖まで。
じつはつい先週出かけたのだが、天気がすこし悪かったのとパンを買い忘れたせいでもう一度出かける予定でいたのだ。
うっかり道を間違えて294から118へ抜けてしまって下郷へ入ってしまって少し遠回りになった。昔と違ってナビに頼る癖がついたので、慣れた道だとナビを作動させずに道を間違うことが度々ある。目印とかも以前は一発で記憶していたのに、今は何度通っても覚えないのは歳のせいばかりでもないだろう。
ゆっくり若松市内に抜ける。喜多方へ抜けてラーメンという手もあったが去年ラーメン食べてゲロゲロになってからちょっと苦手になってる。
コンビニのおにぎり新作が好きなので車中で食べながら走る。
49に入ってから目指す長浜のはくちょう号が見えた。
コロナ禍でいったん運航停止になったもののクラウドファンディングやらで別会社で運航再開にこぎつけたのはうれしいニュースだ。
しかし目的ははくちょう号でもかめ丸でもなく本物の白鳥とカモである。
休日でもあって、多くの人が湖岸にあつまっていた。
コンビニで買った食パンを開けるとさっそく餌を撒き始める。
ひとつひとつちぎっては投げちぎっては投げしてると面白いように寄ってきてはパンをついばむのだ。それがやたらにかわいらしくて夢中になって与える。
ここのカモは人慣れしているので足元まで平気で寄ってくる。駐車場に群れている時でさえ車が入ってきても逃げないのだ。
ひょこひょこした歩き方なのか、太くてまるいくちばしなのか、その不思議な魅力にメロメロである。パンを手に持ったまま直に与えている人もいる。
白鳥も一羽飛んできたのだが、こいつはカモと違って「どれ、しゃぁない食ってやるか」といった風情でめんどくさそうに首をゆっくりと振って餌をついばむ。一羽しかいない白鳥にみなこぞって餌をあげるのだからあわてる必要はないのだ。怠慢な動作でもたらふく餌が食えるのだ。
それに比べるとカモの必死さは応援したくなる。実は前日かなりイヤなことがあってクサクサしていたのだが、一生懸命なカモがみんな吸い取ってくれたようだ。雪の残る山々をバックにした風景も心が和む。
遠回りしても来たかいがあった。
帰りがけに浜のほうを振り返ると近くの売店でパンらしきのを買っている人がいた。
ああ、売店が近くにあって餌が買えたのね。
何度目だ地震? しつこすぎ!
寝入りばなをいきなりたたき起こされた。
また地震だ、しかし大した揺れじゃないな。11年前と1年前を経験した俺様にはこの程度は屁とも思わん。
そう思ったものの、当日は母の部屋の模様替えをして母の希望でベットの位置を変えたのだが、タンスの位置を頭のほうにしていたのを思い出した。
あわてて階下に降りて部屋の様子を見たときは地震はおさまっていた。
びっくりしたね、なんて地震で目覚めた母と話してるときにまたも揺れだした。
去年の前後に揺さぶられるような揺れと違い、今回は11年前を彷彿とさせるような回るようにゆすられる大きい揺れだ。また来るのか! 恐怖で立ち上がることができない。箪笥の上部は隣り合った書棚に支えられる形てかろうじて持ちこたえている。
絶対にすぐ収まる。11年前のような地震は、今後100年はありえない…はず
そう唱えていると間もなくおさまった。
全体を見回るが去年よりは被害が少なかった。
去年の2月の地震ではサッシの掃出し窓のラッチの受けが変形して施錠が外れていたりとひどいありさまだった。今回も何か所か変形したり外れたりがあったが応急処置が必要なのは3か所だけだった。曲がって変形したクレセント錠の受けの金具を取り外して金づちで叩いたり曲げたりで修正する。3月後半で暖かいからまだ楽だ。去年は厳寒の深夜の作業ですっかり冷えて狭心症の発作が起きたくらい。
クレセント錠の修理の間、母は食器棚から落ちて粉々の瀬戸物を片付けたりしていた。
壁紙がボロボロなのは今はどうしようもない。この程度で済んだと思ってあきらめて寝る。
1月に交換したばかりのシステムキッチンはさすがに無事でした。
しかしアパートや古い実家の様子も気になってなかなか眠れず、明け方近くなってからうとうとしただけだった。
翌日、家のあちこちで崩れた砂壁の落ちた床に掃除機を念入りにかける。崩れた本を重ねなおす。(去年から本は床に重ねておくことにした。去年、書棚に潰されかけたので一番下の棚に大きめの本を並べてるだけで2段目から上はキャットタワーと化している)
壁紙は張り替えて数か月の命だったな。去年よりは少ない被害とはいえ、クロスの張替えの手間はもうごめんだ。
破れた部分だけ糊付けしてごまかしておこう。
正直どうでもいい。
去年よりも大きな被害がでたところも少なくない。
なんで福島ばっかり? 2度も3度も、地震のたびに震え上がるのに。 自宅の被害は少なかったから良いが、また来るなら引っ越したいのが本音。3度の地震で見えない部分はボロボロで今度でかいのがきたら崩壊するかもと考えると不安でたまらん。
アパートも内部はどうなってるのか? 去年の修繕費は20万程度で済んだけど今回はどうなるのか? とっとと売却したほうがいいのかな。
地震保険も半壊以上でないと下りないし、どんな小さなどんな被害でもおりると言われて入ったJ〇ムテキはトイレの水漏れでさえ保険が下りなかった。
「あれで落ちないのはおかしいと僕もおもいます。保険料はもう120万以上はらってるのにねケケケ」出されたお茶菓子を笑いながら美味しそうに食べる職員とっととクビになりますように。
ちなみに3軒となりに住んでる人は2004年の新潟中越地震にあってから福島に引っ越してきて、2011年の東日本大震災と去年と今年の震災を経験してたりするベテランである。
そういうこともあるから引っ越しも考えものだな。
下地のボードが浮き上がってきたので見事に破れた壁紙。
去年の被害で石膏ボードを張り替えずにごまかした結果。
せっかくのレンガ風や板張風の壁紙も地震でボロボロ
11年前はすぐに張り替えてひと月で余震でボロボロに…
その後9年目に気を取り直して張り替えたのが去年の地震でズタズタに…
あたたかくなってから張り替えて1年も経たないのに今回の地震でボロクソ…
なんか毎年張り替えてるみたいな。
追記
お墓のことをすっかり忘れていてのだが、お彼岸の墓参りで墓石がずれているのを発見。数センチのずれで済んでよかった。
1円スマホってなくなったと思ってたら
年も明けて4日目の朝、スマホがつかなくなっていた。電源が入らない。バッテリーは昨日の夜で70%はあったのに。いつもは電源を切らないのに正月ぐらいはスマホも休ませてやろうと思う心遣いが裏目に出たのか? まあとにかく仕事はじめの日から携帯が通じないのもマズいだろう。機種名で検索するとわりとありがちな故障らしくサポート対応で送り返せば修理してもらえるらしい。しかしそれまで下手すりゃ1~2週間とかw 通販で格安スマホ契約するとこんな時に困るんかな。
メールはネットでも対応できるものの銀行振り込みはスマホ認証にしてしまったし、スマホに確認コードを送るサイトも増えてるし、スマホが無いと手も足も出ずまったく不便極まりない。
30分ほど考えてから別のキャリアで新しいのを購入することに決めて、とりあえずMNP番号を申請する。いろいろ検索するとOCNの550円契約がかなり魅力的に映る。そのままネット契約しようかとも考えたが近所の店舗で在庫買えばすぐに使えるし、トラブルの時も実店舗のほうがなんぼかマシだろうと考えて近所のドコモ店舗へ行って翌日の予約をとった。
さて次の日、悲しいことに対応してくれたのは男性スタッフだった。AU店舗が去り、ソフバンの店員激減の時期でもドコモだけはCAみたいなカッコの女性スタッフであふれていたのに… 今ではカウンターにアンちゃんスタッフがチラホラ見えるばかり。そういやau解約の時も店舗まで出向いたのにもかかわらず男性スタッフに「ほれ!」という感じで放るように渡されたケータイでスタッフとお話ししながら手続きしたっけ。店舗に人はいなくなってるのだ。
去年のことだがNTTの窓口は廃墟になってたし、東北電力は無人の受付にポツンと置いてある電話機でスタッフとやりとりするし、銀行も支店や窓口が減った。コロナのせいだけでなく、もはや窓口業務は電話やネット対応があたりまえになっていたようだ。
唯一私が若い女性と口をきけるチャンスが奪われて行ってるのだ。もうこの先永遠に若い女性と対面で話すことができそうもないってことなのだ。そのうち店舗に出かけてもAIだったりロボットの対応になっったりするのかな。
そんなことを考えて落ち込んでいる私に男性スタッフは明るく話しかける。今のが大きすぎるし重いので小さめのが欲しいこと、耳が悪いので音声がきれいな機種が欲しい、ほとんど通話とメールが中心であることなどを伝えるとIphoneのスピーカーが聞きやすいかどうか何度も試してくれた。音質は良いし、今の機種よりはるかに小さくて軽いので予約する。決してエロサイトはIphoneのほうが広告が少なくて見やすいなんていう不純な動機ではない。
「タネも仕掛けもない1円でございます」翌日MNP番号をもって出かけるとそう言って渡してくれたスマホは片手でも持って操作できる軽さと大きさだった。しかもONCの月550円の契約のためにここまで丁寧に対応してくれるのかと、世界的に減り続ける窓口業務を思うと頭が下がる思いだった。
「新機種1円」の広告につられて店舗に出かけると、高額な機種や無駄なオプションばかりつけられてひどい目に合うとか言うのは大昔の話だったようだ。
少なくともドコモの店員さんは私の話を丁寧に聞いてくれて、このしなびたケチ臭いおっさんにちょうどいいスマホを売ってくれた。
子ぎつねにてぶくろを売ってくれた人間のおじさんより、小川洋子のフィレンツェの手袋屋さんよりもはるかに親切だった。
最後はこのしなびたオッサンを店の外まで見送ってくれた。
設定の済んだばかりのスマホを自転車のカゴに入れて走り出す。
「ドコモのお店は、ちっとも怖くなかったよ」
3年目の宅建合格くらい大目に見てよ~塞翁が馬
合格証ですね、おめでとうございます。
郵便局員が笑顔で渡してくれた宅建士合格証。3年間待ちに待ち望んだものだ。
ちょっとイロイロあって局員の笑顔に答えられなかったが、本来ならちょっと太めの局員にハグしてるところだ。
というのも一日の雨でリビングに雨漏りが見つかるし、保険はきかないわ、震災の補助申請は昨日で終わってるし、母のバックが通帳ごと見つからずに盗難を心配してあちこち電話して通帳を止めるし、貸家を建てようと予定してたメーカーはウッドショックと原油高で200万も値上がりしてるし、安子は一人で子供を育てて苦労してるし、厄介ごとや心配事が押し寄せてそれどころでなかったのである。
もしかして宅建に合格した見返りが雨漏りやバックの紛失なのか?禍福は糾える縄の如し、良いことがあれば悪いこともある。それとも等価交換のロココの実とかなんとか。たしかに合格できるならなんでも…みたいなことは思ったこともあったけど、ちょっと残念だ。
そして宅建士の免許が欲しければ3万7千円の登録料が必要だと、登録実務講習(不動産の実務経験のない者、おおむね2万2千円<注!美人講師を選択可能>)が必要ならそれも受けなきゃいけないと別紙にかいてある。そのほか交通費や申請時に印紙やらなにやら…
わかってはいたけどあらためて実感すると安くない金額だ。不動産屋に勤めるのでなければ必要ないものだし申請するかどうか悩みどころか。
3年間のテキスト代やら受験料やら、なによりもつぎ込んだ時間と根性を考えれば形あるものにしたほうがいいのかなぁ。3年もかかけてるんだからリピート割引とかないんかな。商売っ気がないよな。
「3年目」と聞くと「3年目の浮気 ヒロシ&キーボー」(キャンプするヒロシですは無関係)しか思い浮かばない。いま聞いても名曲。当時は毎晩のように飲み歩いていたので一晩に聞いたり歌ったり10回以上はあったのではないか。おかげで今でもそらでミスなく歌える。35,37条の暗記歌はこれにしてほしかったよ棚田行政書士。
心臓に悪い~アイソトープ検査結果
今まで心臓なんて動いてて当然、ちょっとぐらい早くて遅くて止まっても気にしない。そんな感じで過ごしていたのに治療を受けてからというものの少しの変化でもステント治療の再狭窄が起こったんじゃないかとか、新たに動脈硬化が起こったんじゃないか、あるいは心臓弁膜症なのかと気にしまくり。
筒井康隆の小説で「心臓に悪い」(俺に関する噂収録)の主人公は、実は体はなんともないのに重い心臓病だと信じ込んで会社にも医者にも嫁にも見放されてしまって、届かない薬を探して波乱万丈の旅を続けることになるのだが、今読むと主人公の気持ちが理解できる。筒井は知人かあるいは自分自身が心臓病だったりしたのだろうか。まあ天才筒井なら想像力だけで書けるのであろうが、なんとも心理描写が巧みである。
さて、俺も気にしすぎなんだろうなと思ったものの日々不安ばかりがよぎって悪い方向への想像ばかりする。そんなこんなで先日の8か月目のアイソトープ検査だったが良好だと言われ安心しました。これで無罪放免の気分。
高額検査の後のせいか、一番最初に診察室に呼ばれたので9時過ぎには病院を出ることができて気分がいい。多分新記録。
薬も一種類減らされて支払いも今までの半額で済んでびっくり仰天。減らした一種類は一番薬価が高かったやつなのね。
コンビニによって朝食代わりの菓子パンとコーヒーを買って図書館に向かう途中、那須連峰が見えた。もしかして初冠雪かな。