図書館の汚損本の弁償 三度目の

 テーブルの上のコップに袖が引っかかった。不思議とこういう時は予感みたいのがある。あ、やっちゃうぞって、それなら気をつけて慎重に動けばいいのだが、なぜか引っ張られるように間違った方向へと流れていく。運命の波には逆らえないってことだろうか。
巨大なディスタニーによってコップの水はテーブルを流れて本に襲いかかる。慌てて本を取り上げようとするが間に合わずに半分ほどにかかった。
図書館から借りている本だった。
ティッシュを引き出して1ページごとに挟んでみる。100ページほどに挟んで様子をみてからラップにくるんで冷凍庫へ押し込む。ぶり、紅鮭の切り身や牛バラに重なって一昼夜寝かせておく。

 水濡れに限らず、図書館の本を汚した場合はすぐに申告したほうが良いらしい。汚損や破損にそなえて修理の知識や技術もあるから素人が手を出さないでくれってことらしい。
ただ以前に2回ほど弁償してるのでできることならそっと返却したい。
一度目はバックの中に入れていたカツ丼弁当の汁が染み込んで弁償となりました。それほど広範囲でもないのでちょっと注意されて済むかなと思ったが甘かった。水濡れと違って弁当の汁はあとで変色して目立つからアウトなのだそうです。弁済本は状態が悪くなければ古本でも良いようです。汚した方は希望すればもらえます。これが面白い本なら、何度も読み返したい本ならばいいのだが、今回の本は腹が立つくらいつまらなかった本である。その証拠にほとんど売れてないようで古本も見当たらず3024円で新刊を買うしかなかった。代わりにもらった染み付き本は汚れを了解したうえで古本屋に800円で買い取ってもらえたのでまあいいとしよう。
 二度目の弁償は、自分では気づかなかったが、ポスト返却したあとで図書館から電話が来て「シミが付いていました」って。本当に覚えがないので、だれか他の人が汚したのではないかと食い下がってみるものの、あっさり「あなたが最初に借りた人ですよ」と返された。
 その月に出た新刊でした。どうやら気づかぬ間に汚したようです。
「この時間に現場にいたのはおまえだけなんだ」「正直に吐いてらくになれ」と、殺人事件の捜査で刑事に詰め寄られたような気分。前にも書いたけど隣村のひっそりした厳しい職員です。しかたがないのでわずかなアマゾンポイントをすべて使って新刊で弁償しました。代わりに図書館のラベルを切り取って渡された本には、中表紙に5ミリほどの茶色いシミがあるのみ。こんだけかい! ハズキルーペで丹念に精査してるのでしょうか。たとえわずかでも汚れは汚れですがなんか悔しい。「新刊ですから」っていう理屈もちょっとなぁ。でも喧嘩してブラック扱いにでもなるのは避けたいのでぐっと我慢。この職員はわずかな汚れも決して見逃しません。雨の日にポスト返却したときにかかったのでしょうか、わずかに水染みがあったと電話が来ました。前から付いている小さな汚れでも徹底的に追求されます。もちろん借りたものを大事に扱うのは当然なのですが細かすぎるのもどうでしょうか、その図書館の利用者が少ないのも彼女の対応によるものが大きい気がします。ちょっとカチンときたので「汚した覚えはないがそれほどひどい状態ならいくらでも弁償しますよ」って強く言ったら「今回はそれほどでもないので結構ですが今後は十分に気をつけてください」って言い方が妙にむかついて腹立たしい。暇に任せて返却された本を丹念に一枚づつ隅々までチェックして、わずかな汚れを見つけると狂喜乱舞してハズキルーペをかけたまま電話をかけまくっているに違いない。とかく相性が悪い。
そこまでやられてなんで利用するのかといえば、よそなら数人の予約待ちの人気の新刊もかんたんに借りられるから。利用者が少ないのもメリットでちょくちょく通ってたのですが、そんなことがあってから足を踏み入れてせんしポストも利用しません。あの職員がいるかぎり二度と。
さて、かわいい小さなシミが一箇所あるだけの本はネットフリマですぐにさばけました。さすがは髙田郁です。手数料と送料を引いて200円弱残ったので少しモヤモヤが消えました。どうして新刊ばかり汚すかなぁ、どうしてつまらなかった本に限ってなのかな。

 そうして迎えた3度めのピンチ。ブリや牛すじのパックをかきわけて冷凍庫から取り出してラップを広げます。紙に染み込んだ水分が冷凍されて水分が昇華される、いわゆるフリーズドライの原理だ。期待して広げるものの、庫内の水分でかえって余計に湿ったような気がしました。もっともっと低い温度で減圧して冷凍するのが本来の「凍結乾燥」の技術のようです。家庭用の冷蔵庫じゃどうにもならなかったようでした。
だがまだあきらめない。波打っている部分をどうにかしようとアイロンを持ち出して一枚づつ丁寧にかける。それからの苦労は長くなるので割愛しますが結局元通りにはなりませんでした。アイロンでピンっとなるのは一瞬で、すぐにもとどおりに波が寄せてきます。まあいくらかは穏やかな波模様になったのですが知らんぷりで通せる状態じゃありません。しかもアイロンの熱で最後のページが裏表紙のコーティングに張り付いてしまいました。最終的にそれがネックとなって弁済することになりました。
今回はメルカリで540円の出費で済みました。事の次第を友人に話すと、車の保険の賠償特約を使えばよかったのにと言われて、はっとするものの540円で使うのはどうなのか。また万が一、数千円の本をやっちゃった時は考えてみよう。